◆そもそも規制ってなに?
規制とは何か。以前Pnikaが実施したインタビューにて、法哲学者の大屋氏は、規制について下記のように述べている。
規制とは、予め起こり得る事態を想定して事前策に落とし込み、賢明な行動を動機づけるシステムであり、リスクの配分機能を持つ 。
「規制が全く無い」という状況はあり得ず、特段の規制の定めが無い場合は民法等の既存のルールに準じる (例えば加害者側に過失や故意があれば、民法に準じて損害賠償を請求されることとなる)
上記の通りイノベーションを起こそうとするスタートアップにとって、そもそも規制の有無に関わらず、他者に危害・損害を起こす事態は避けなければならず、また規制緩和にあたっては、そのリスクについて説明ができなければならなない。
規制とイノベーションの関係性についての詳細は、下記のインタビューを参照されたい。
◆規制には階層がある
規制は、基本的には国際的なものと、国内のもので大きく分かれる。国際的な規制とは、FTA/EPAなどに代表される、国際条約/協定などがある。直近ではプライバシー関連や環境関連では、欧州指令/規制などが先行することもある。これらは企業の事業環境に大きな影響を与えるが、その決定には国際交渉の様々な要素が絡んでおり、一スタートアップがその内容に関与することは容易ではない。
日本国内にフォーカスすると、日本では規制はいくつかの階層構造になっている 。例えば通信事業者に関する規制については、一番上位には電気通信事業法という法律が存在するが、法律自体には細かい基準等は書かれていないことが多い。その場合、法律の一つ下のレイヤーとして、政省令に具体的な基準や手順(例えば電話番号をどう各社に割り振るか等)が定められている。
また、法律や政省令において、条文だけでは伝わらない解釈や補足説明を、通達・通知・ガイドラインといった文書の形で発信していることもある。これらについては法的拘束力はないものの、当該通達・通知・ガイドラインを参照しながら、各行政機関が実務を行っていることから、事業者にとっては、最も直面する実質的な規制になっていることが多い 。
また、地方行政には条例を定める権利がある。ただし、条例は基本的には法令(法律や政省令等)は逸脱できないため、法令では規制されていないものについて、独自に規制する場合などに、地方議会の承認を経て制定される。
図1.規制の階層と論点設定の重要性
このように、規制には階層がある。下のレイヤーになるほど、利害関係者が少なくなるが、適用範囲は限定的になる。もしスタートアップが、規制を変えたいと思うのであれば、どのレイヤーの話に論点をあてるかを決めるのは重要だ 。
◆規制を変えるには、まずアジェンダセッティングから
規制を緩和するにせよ、強化するにせよ、規制を変えるには政府を動かすことは不可欠だ。一方、現場の行政職員は、現行の規制を「変える」ことへ強いインセンティブがあるわけではない。行政が政策検討に動くためには、その動機を与える「アジェンダセッティング」が必要になる 。
下記は、規制以外も含めた、政策を立案するにあたっての分析プロセスの概要(Walker la, 2010)である。実態としては、各プロセスに濃淡はあるものの、まずは問題特定から始まるという点は、全ての政策において共通だ。
図2.政策分析プロセスについて
一方、世の中の全ての問題が「アジェンダ」として設定されるわけではない。過去からアジェンダセッティングされた事例を分析したKingdon(2011)によると、政策過程には、①問題の流れ(Problem stream)、②政策の流れ(Policy stream)、③政治の流れ(Political stream)が独立して動いており、この3つの流れが一致・合流した時、つまり、
世の中にその問題が認知され
行政機関や専門家によって政策案が作られ
その案が政策決定者に受け入れられる政治状態・国民のムード等が形成されている時
その問題はアジェンダとして取り上げられる(=政策の窓が開く)としている。
◆議論する土俵をどこに設定するか。”リフレーミング”の重要性
また、Kingdonは、問題の「カテゴライズ」の重要性も述べている 。問題は特定のカテゴリーに分類することで初めてそのカテゴリーの問題として定義され、どのカテゴリーに入れるかで人々のその問題の捉え方・関心は異なる。カテゴライズは、まさに戦う土俵の設定だ 。
”リフレーミング”とは、ある出来事や物事を、今の見方とは違った見方をすることで、それらの意味を変化させることである。規制の変更にあたって、このリフレーミングによって、如何に上手くアジェンダセッティングをするかがポイントになる 。
リフレーミングの事例として挙げられるのは、風営法改正の事例である。風営法において、「夜12時以降のクラブ営業」が禁止されており、各クラブがグレーゾーンでの営業を続けていた状況があった。これに対して、「クラブの営業許可」の問題から、外国人観光客誘致による経済効果も含めた「ナイトタイムエコノミー」の推進というテーマに問題を捉え直すことで、アジェンダセッティングに成功し、政策の窓を開けた例である。
(詳細は、齋藤貴弘(2019)『ルールメイキング ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論』(学芸出版社)を参照されたい)
図3.ナイトエコノミーに関連した規制の論点のリフレーム
◆トレードオフを超える、エビデンスが集められるか
アジェンダセッティングをした後も課題は残る。イノベーションによる新しいサービス・プロダクトをベースに規制を作り変えるには、かならずメリットとデメリットのトレードオフがあるからだ。政策形成とは、まさにそのトレードオフを乗り越える過程そのものである。
その議論を前向きに進めるためには、エビデンスの収集・整理・説明が求められる。まずは適法にて事業を行える範囲にて、実証事業等を行い、そのエビデンスを積み上げていく必要がある。実証結果等を踏まえて、一度業界内でStandard(標準)を先に作り、規制側にStandardを参照させるなども手段の一つである
現在、エビデンスを集めるための実証を支援する政策など、規制緩和に向けた様々な支援メニューが存在する。これらの選び方、使い方などについては、別の記事にて改めて説明する。 (執筆:中間康介)
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◆参考文献
Pnika「法哲学者・大屋雄裕教授に聞く、規制とイノベーションの関係とは?(前編)〔インタビュー〕」
Walker et al, “Policy Analysis: A Systematic Approach to Supporting Policymaking in the Public Sector”, Journal of Multi-Criteria Decision Analysis 9(13):11-27, 2000
Kingdon, John W.(2011)Agendas, Alternatives, and Public Policies,Updated Second Edition, Boston: Longman[笠京子訳(2017)『アジェンダ・選択肢・公共政策 政策はどのように決まるのか』、勁草書房]
齋藤貴弘(2019)『ルールメイキング ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論』(学芸出版社)