法哲学者・大屋雄裕教授に聞く、規制とイノベーションの関係とは?(前編)〔インタビュー〕

2018年11月17日

法律×イノベーション

「規制とイノベーションの関係~「適切な」規制の実現とは~」、慶應義塾大学にて法哲学の教鞭を振るう大屋雄裕教授は、総務省や内閣府が運営するAI領域の会議・検討会等において、イノベーション推進のための「適切な」法規制の必要性を提起されてきました。法哲学者の観点からの規制とイノベーションの関係について、お話をうかがいました。(全二回)

Interview 02
大屋 雄裕 / Takehiro OHYA
慶應義塾大学 法学部 教授
 
日本法哲学会、法哲学社会哲学国際学会連合(IVR)日本支部
法と教育学会、情報法制学会に所属

  


イノベーションの光と影 ~リスク配分機能としての法規制~

―早速ですが、そもそも規制って何のためにあるのでしょうか?

大屋)端的に言うと、リスクの配分機能でしょうか。

 


―リスクの配分機能とは?

大屋)例えば、英国では1830年にリバプール&マンチェスター鉄道が開業されました。それまで馬車で移動していたなか、イノベーションにより蒸気機関車が実用化したのです。しかし、なんとその操業初日に、英国の政治家であるウィリアム・ハスキソン氏が、鉄道事故に巻き込まれ亡くなりました。このように、イノベーションにより生まれた新たなテクノロジーは、多かれ少なかれ新たな事故やリスクを生みますが、何の法律も制度も無い世界では、事故のダメージは被害者に残ることになります。この「泣き寝入り」を避けるために、損害賠償、補償、保険等により、社会的損失を事後的に再分配します。

一方、事後的な再分配では、実際に損害が起きてしまっています。そこで、事後に起こり得るリスクが予想される際には、事前の規制に転化し、損害を回避する、ということが規制の目的になってくるわけです。

 
図:規制の事前転化によるリスク配分(大屋先生講演資料より引用)

―なるほど。個人的に「規制」には悪いイメージがあったのですが、そういった目的を聞くと、イメージが変わりますね。

大屋)そうですね。規制はイメージとして「これはやってはいけない」ということを定めたルールに思われがちなのですが、予め起こり得る事態を想定して、事前策に落とし込む枠組みは全てが規制です。法制度だけでなく、電車のホームドアのように、物理的に行動を制限することも規制ですね。

 


法律で規制する場合は、物理的には自由を許す代わりに、何かあったら責任を取らせる(刑事罰、罰金…等)ことを予告することを意味し、事前に賢明な行動を動機づけるシステムを作っているのです。
 例えば破産法は、ビジネスが失敗した際の責任の追及の仕方が定められています。ある意味「命までは取らない」ことを定めることで、ビジネスのチャレンジを促しているともいえます。

適切な規制とは? 過剰規制と萎縮効果

―規制の目的や意義が理解できた気がします。一方で、その規制がイノベーションを阻害するケースも起きていると思うのですが、いかがでしょうか。

大屋)これも誤解が多いのですが、まず前提として、規制が全く無いという状態はあり得ません。例えば、民法709条には「不法行為による損害賠償」が定められており、加害者側に故意または過失が認められた場合は、生じた損害を賠償する責任を負うとされています。つまり、特段の規制の定めがない状態は、このような既存のルールに準じることを意味します。

その前提のうえで、①過剰規制と、②規制内容が不明確な際の萎縮効果は、イノベーションを阻害してしまうといえるでしょう。

―過剰規制とはどういった状態を指すのでしょうか。

大屋)イノベーションが起きるタイミングにおいて、大きく3つの主体が考えられます。①イノベーションを起こそうとする人、②イノベーションが生む便益を享受したい人、③イノベーションが生むリスクや損害を回避したい人、の3者です。規制の水準が過剰かどうかは、その主体毎の観点で判断は異なります。

一方で、その3者全ての観点からみても「過剰」といえる規制は存在します。例えばドローンの飛行について航空法で規制した事例では、本来大型旅客機を規制するための、「航空法」で、小型無人機であるドローンを規制することは、対応として過剰ではないかと個人的には感じます。

 




―なるほど。では2点目の「萎縮効果」というものはどういうものなのでしょうか。

大屋)萎縮効果とは、規制や刑罰を定める法令が不明瞭であることから、制裁を過度に恐れて、本来自由に行い得る行動が制限されることを指します。

アートメイクやタトゥーなどは顕著な例です。現在の法解釈では、それらの施術は「医療行為」として、医師免許が必要であると認識されることが多いです。この状況において、アートメイクやタトゥーのサービス事業者は、摘発を恐れながら、半ばアンダーグランドな営業をせざるを得ないのです。
 アートメイクやタトゥーを免許制にする…という対応は一種の規制強化ですが、少なくとも医師免許を取るよりはハードルは低く、優良な事業者にとっては堂々と営業できる環境になります。安心してサービスを受けられるということで、ユーザーも安心してサービスを利用できるようになるでしょう。

―では、「適切な」規制とはどうすれば実現できるのでしょうか。

大屋)ひとつは、「法のデザイン」に十分に時間をかけることだと思います。何かの事故に起因して、「慌てて」作られた規制には、欠陥がある場合がままあります。実際に法律の実効性を担保するのは、法律の下の法令省令における具体的な内容であり、起こりえる事態を想定しながらデザインするプロセスには、高度な専門性と時間を要します。

もう一点は、規制の監視・メンテナンスのプロセスをもつことだと思います。施行された規制が、適切かどうかは結局現場の当事者にしか分からないものです。時代が変わっていくなかで、規制に困っている当事者が声を挙げ、規制の見直しを行うことができれば、適切な規制が実現するのではないでしょうか。

 


―とてもよく分かりました。その実現にPnikaも少しでも貢献できればと思います。

次話につづく
《適切な規制を実現するためのプロセスについて、さらに深掘りしてうかがいます》

(中間康介)

慶應義塾大学 大屋雄裕 プロフィール情報
専攻、法哲学。日本法哲学会、法哲学社会哲学国際学会連合(IVR)日本支部、法と教育学会、情報法制学会に所属。2001年4月より名古屋大学大学院法学研究科助教授、学校教育法改正により2007年4月より准教授、2013年4月より教授、2015年10月より現職。

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