デジタル時代のかかりつけ医制度の構築ー遠隔健康医療相談サービスモデルとしてどう法令と向き合うかー

2019年06月19日

産婦人科の受診ハードルを下げ、
誰もが気軽に相談できるようなサービスを作りたい

産婦人科というと妊娠・出産時にお世話になるイメージが強いが、それ以外でもホルモンバランスの乱れによる体調不良だったり、子宮に関わる病気に関することなど、産婦人科医師に相談したいことは多々ある。しかし、そもそも病院での待ち時間が長いという問題を始め、特に産婦人科にかかる心理的ハードルが高いと感じる女性は多い。そんな状況を改善し、より気軽に産婦人科についての相談ができるようにとオンラインの医療相談サービスを始めた医師がいる。重見大介さんである。

重見さんに、「産婦人科オンライン」のサービスを立ち上げた背景にある課題意識、検討の進むオンライン診療の法整備にどう向き合っているかを聞いた。

Interview 04
産婦人科オンライン × 遠隔健康医療相談
重見大介/ Daisuke SHIGEMI
(株)Kids Public 産婦人科オンラインサービス 代表
 
 
 
 



産婦人科オンラインのサービスについて教えてください。

重見大介氏(以下重見):産婦人科オンラインは、妊娠出産に関する不安や女性特有の悩みに関してより気軽に相談できるよう立ち上げたオンラインの相談サービスです。病院の予約が取りにくくなる、平日の18時から22時くらいまでの間で相談枠を設け、産婦人科医・助産師に相談ができるようになっています。また小児科オンラインのサービスと連携しているので、女性ご自身のことだけでなく、お子さんのことにも相談に乗れるようになっています。

ー産婦人科オンラインを思いついたのは何がきっかけでしたか?

重見:産婦人科の一般的なキャリアとして、妊娠・出産の専門医、ガンの専門医、そして不妊治療の専門医という主に3つの選択肢があるんです。私は狭く深く専門性を磨くよりも、もっと自分の視野を広げたいと思い、社会のあり方や生活習慣等から健康にアプローチする公衆衛生の分野に産婦人科医として取り組むことにしました。

産婦人科の受診ハードルを下げ、もっと妊産婦さんたちとの距離を近づけるためには病院の中で待つだけではダメだと、今だったらスマホもあるしインターネットというツールを使うことで、受診ハードルを下げることに貢献できるのではないかと、大学院の在学中に思いついたのが産婦人科オンラインのサービスでした。

 
ーたしかに産婦人科の受診ハードルは高いですね…

重見:</strong日本では妊娠もしていないし症状も出ていないのに、病院に行って産婦人科医に自身の健康について相談する人はほとんどいません。私もそれが普通だと思っていたのですが、大学院で他国の医療制度を学ぶ中で、それが当たり前でない国もあることを知ったんです。北欧やフランスでは各家庭にかかりつけの先生がいて、その中に産婦人科医もいて、お母さんがその先生にずっと診てもらっています。そして娘さんが中学生くらいになったら、「私たちのホームドクターはこの先生だから、あなたもこれから生理がきたり、妊娠やセックスのことを考えなければならないから、困った時はこの先生に相談するんだよ」と、お母さんが娘さんをその先生のところに連れて行くんです(これらの国でも個々の状況で異なる場合もあります)。日本にはクリニックはあるけれど、小さい頃から身近にいて相談できる医師としてのホームドクターというところまでは浸透していない。そういう日常的に女性の身体をケアしていくという文化や習慣の違いが一つのハードルになっているのではないかなと思っています。

ー今、産婦人科のオンラインサービスとして、特にアプローチしたいことは?

重見:産後の医療アクセスです。出産後、5日間ほどで退院して、次に妊産婦さんたちが病院にくるのは産後1ヶ月健診の時です。その間、医療者とのつながりはほとんどなく、健診の時には心身ともに疲弊して病院にこられるお母さんたちが多いんです。特に一番目のお子さんだと、赤ちゃんが何で泣いているのかわからず、何かあったら全部自分のせいだというプレッシャーを感じて1ヶ月を過ごしています。身体が十分に回復しているかを診るための検診ですが、実はそれだけでは不十分なんです。
産後鬱の発生しやすい時期として、出産後2週間あたりと、2~3か月あたりだと言われていますが、1か月健診の前後で、タイミング的に一番リスクの高い時期に医療者としてリーチできていない。鬱になった人を早く見つけて治療するというのが、今までの主流の考え方でしたが、そもそも鬱にならないようにするためどうすれば良いかに、産婦人科オンラインとして貢献できたらいいなと考えています。

産後鬱や虐待の問題は、行政が中心となってやるべきことかもしれませんが、実はお母さんたちの中には、こんなことで行政に相談したら、「虐待の恐れがある家庭」として目をつけられてしまうのではないかという懸念を持つ人もいて、実は安心して相談できる場になっていない場合があるようです。かかりつけ医含め、家族でも地域の行政でもない第三者が関わることで、相談のハードルが下がり、課題の解決につながりうるのではないかと考えています。

 


ー産婦人科オンラインは相談者の方から費用を取らないモデルとのことですが

重見:はい。行政や企業など法人と契約することで、関わってくれる医師への給料を含め必要な経費を支払っています。そこにこだわる理由として、医療格差、健康格差が生まれる原因の一つに、やはり経済的な格差があります。私たちのような民間サービスが増えていった時に利用者の方からお金をとるモデルにすると、お金を持っている人はどんどん健康になりますが、持っていない人はその医療サービスの恩恵を受けられないというのは違うなと。自分たちが医療格差を広げることにならないようにと、利用者の方から費用を取らないようにするのは初めから決めていました。その理念に運営資金の提供をしてくださっている自治体や企業の方、何より働いてくれる医師の方々が共感して協力してくださっています。

ー今後どのように発展させていきたいと考えていますか

重見:企業もそうですが、自治体との連携がキーだと思っています。産婦人科医がいない地域というのがすでにでてきてしまっていますが、地元で妊娠、出産を迎えたいという思いがあるにもかかわらず、医師がいないために外に移住してしまう家族がいるのは町や村にとっても課題です。

全ての地域に医師を派遣できるのがベストかもしれませんが、それは難しいので、せめてオンラインでいつでも相談をできる環境を整えて、費用はその自治体が負担するというモデルがいいのでは、と思っています。もちろん必要な診察や、出産のタイミングでは医療機関にいかなければならないけれど、それ以外のところでは、わざわざ車で往復3時間かけて車で行くべきタイミングなのかどうか悩む場面が減るだけでも、そういう町や村で妊娠、出産を頑張ってみようかという人も増えるかもしれない。

何か懸念がある時、また妊娠のタイミングで産婦人科オンラインに登録をしてもらって、病院の先生以外にも相談してもらい、またどこに引っ越しても産婦人科オンラインのコミュニティとつながって子供のこと含め相談に乗ってもらえる。そんな風になれば今よりもっと明るい社会になるんじゃないかなと思っています。デジタル時代のかかりつけ医制度の一形態として社会のインフラになっていけたらいいなぁと思いますね。

ーそうしたビジョンに向けて、今課題になっているのはどのようなことですか。

重見:たくさん課題はありますよ。例えば全国にこのサービスを広げていく時に、対応する医師人材の確保をどのようにするのかは課題の一つですね。直近のデータで産婦人科医は微減、小児科医は微増にとどまる状況で、相談の領域にまでリソースが避けるのかどうか。それに対する一つの解としては、子育て中の女医さんの中には、いきなりフルで職場に復帰するのが厳しいけれど、自宅でできるオンラインの仕事であればできますよという方はたくさんいると思いますし、また私もその一人ですが、大学院での研究をメインにしつつも夜であれば対応できるという方もいると思うんです。

ー 今、オンライン診療の指針等のガイドラインについて政府でも話されていますが、このような先進的なサービスをやるにあたって、法令とはどのように向き合っているのでしょうか。

重見:法令には非常に気を配っていますね。

オンラインでと言っても、実は厚労省が出しているガイドラインでの区分があり、オンライン診療、オンライン受診推奨、遠隔健康医療相談とそれぞれできる範囲が異なっているんです。最初の2つは「診断等の個別的医学的判断を含む」もの、遠隔健康医療相談は「一般的な情報提供」にとどまるものという風に分けられています。(図1)診療行為をするのであれば、患者の健康を守るという観点等から規制はあってしかるべきですが、一方で遠隔健康医療相談も健康に関わる情報提供なので、指針の対象外とはいえ、責任ある運営が求められると認識しています。

 


重見:私たちは遠隔健康医療相談の範囲内で事業を行っているので、法令的に直面している規制があるわけではないですが、「診断等の個別的医学的判断を含む行為」、いわゆる「医療行為」の線引きが議論されているので注視するようにしています。診断行為は医師でなくてはできないとはっきり明言されているのですが、その診断行為とは、医師にしかできないような高度な知識と高度なスキルを使った問診により、鑑別診断という、いくつかの疾患の可能性をあげた上であなたの症状からするとこういう病気ですねと相談者の個別的な医学的な状態を踏まえた上で、筋道を立てて一つの結論を出すこととされています。

私たちは今、こちらに当てはまる診断行為をしないということを非常に気をつけているので、もちろん話を聞く中でどの病気かを頭の中で想定することはありますが、特定の病気に絞った個別的かつ専門的な話をすることはしないようにしています。それを行うとかなり診断行為に近づいてしまうので、一般論に落とし込んだ上での、一般的な説明に止めるようにしています。

また、遠隔相談の枠組み自体の社内マニュアルを用意していて、新しく参加する医師には必ずガイダンスして全員への周知するようにしています。相談記録も残しているので、そこで提供された回答内容を吟味し、必要であれば、必ず当人にフィードバックするようにしています。やはり国としても遠隔健康医療相談の事業者がオンライン「診療」にまで踏み込んでリスクある形で運営するケースの増加は懸念だと思いますし、そうした事業者の存在が逆に規制を厳しくし、オンライン活用の可能性を狭めてしまうことになるので、自分たちがモデルケースになりうることも考え、厳密に運用しています。

このように、現行の法令・指針の範囲内で事業を行っていますが、その範囲や線引きとなるラインがアップデートされていくので、検討会や審議会の動向も確認しています。厚労省の検討会は傍聴できるので、実際に行って検討の方向を確認することもあります。その決定次第では、自分たちのサービスをストップさせなければならないこともあるので、毎回参加するときには、半分ジョーク半分本気で、今日で終わりかもしれないとスタッフ同士話したりしています。

 


ーアフターピル(緊急避妊薬)のオンライン診療による処方も初診対面診断の例外としてまさしく検討されてしますが

重見:緊急避妊薬のオンライン診療による処方についてはまさに厚労省でも検討中の真っ最中ですので、その結論を待ちたいと思いますが、同時に、どう性教育や正しい知識を伝えていくかという観点でオンラインの活用は非常に親和性が高いと思うんです。

わざわざ産婦人科を受診して医師と話すというのは、高校生、大学生はなかなかできないと思いますし、学校教育の現場で性に対する込み入った話も難しい場合が多いでしょう。現状インターネットや雑誌、友人間の話から学んでいくしかありませんが、その中には誤った情報もある。そういうところにアプローチできる大きな可能性がオンラインだと思うんです。利用者からすれば顔を出さなくて済みますし、チャットでも相談できます。オンラインでの相談をきっかけに正しい情報・知識を知ってもらって、医者のところに受診に行く必要性がわかれば、実際に行ってくれると思います。そうやって性教育や正しい知識が広まって行けば、緊急避妊ピルが必要な状況自体が減っていくかもしれない。

早くから自分のキャリアと妊娠、出産を考えておくことで、どうしてもリスクの伴ってしまう高齢出産が減らせるかもしれないし、適切な情報の元に、今後ビジネスサイドの認識が変わって妊娠・出産に寛容な社会になれば、性教育のレベルと相まって、もっと早くから子供を作ろうという選択が生まれるかもしれない。

そうした非常に大きな可能性がある領域なので、そのサービスの担い手として、関係者やユーザーの理解を得ながら、真面目に地道にやっていくのが、回り道かもしれないけれど確実な道だと信じて進んで行きたいと思っています。

(隅屋 輝佳)

産婦人科オンライン 重見大介氏 プロフィール
産婦人科専門医、公衆衛生学修士。
1986年生まれ、2010年日本医科大学卒業。日本赤十字社医療センター(初期研修)、日本医科大学附属病院、葛飾赤十字産院、東京臨海病院などで産婦人科医としての経験を積んだ。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談「産婦人科オンライン」や医療情報メディア「産婦人科オンラインジャーナル」の運営に携わっている。また、医療ビッグデータ解析を中心とした研究にも従事し、多数の英語論文を執筆している。

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