【寄稿】サンドボックス制度~シンガポールと日本の比較~(ONE ASIA LAWYERS 三好弁護士)

2020年05月27日

 今回は、アジア16か所に拠点、ネットワークを有するOne Asia Lawyersの三好健洋弁護士に「シンガポールのサンドボックス制度から日本が得られる学び、気付き」について寄稿を頂きました。

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◉ONE ASIA LAWYERS 三好 健洋さんのプロフィール
 現在、シンガポール法のフルライセンス(advocate and solicitor)を日本人で唯一保有し、シンガポールの全ての法律についてアドバイスが提供できる。また、民事訴訟や刑事訴訟等においても法廷に立てる唯一の日本人弁護士である。
 シンガポール永住権を保有し、70社以上のシンガポール企業の役員を務め、サンドボックスに関するアドバイスを含め、企業法務全般、M&A、コンプライアンス、金融規制関連やファンド、ヘルスケア、オンラインゲーム、個人情報保護等、幅広い分野で活躍する。

 Cornell University 修士(経済、金融)首席卒業、大手外資系投資銀行出身、シンガポール司法試験合格。シンガポール最高裁判所登録弁護士。
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 1)制度比較の目的

 テクノロジーの急速な進化の中、Agileな制度設計が求められる状況において、サンドボックスは非常に重要な制度である。
 
 日本においてより一層本制度が活用され、イノベーションをより多く生み出すエコシステムを構築することが求められる中で、大陸法、英米法という大きな前提の違いはあるものの、ビジネス環境ランキング第二位のシンガポールから学ぶことは多くある
 
 そこで両者の比較を通じて、日本の民間企業としてどうサンドボックスを活用すべきか、またサンドボックス制度そのものをアップデートする際にはどのような点に留意すべきかの検討材料とする

 

2)法体系の違いがサンドボックスに影響を与えるか

 日本は大陸法、シンガポールはコモンローというそもそもの法体系の違いがあるが、法体系の違いがサンドボックスに影響を与えるのだろうか。
 
 大陸法とは、原則として成文法を中心とする法制度である。たとえば、日本で一般的な契約書に関する紛争が生じた場合、民法などを中心に判断が行われることとなる。他方、シンガポールはコモンロー制度の一国である。
 
 コモンローとは、原則として過去の判例を法律とする法体系をいう。例えば、一般的な契約に関する紛争が生じた場合、シンガポールには民法に類似した成文法は存在しないため、過去の類似した判例に基づき判断がなされることとなる。



ただし、シンガポールを含むコモンロー諸国においても、成文法は存在し、シンガポールでは刑法(Penal Code)や証券先物法(Securities and Futures Act)などの成文法により、関連分野について規制が設けられている。特に、サンドボックスが関連する金融、医療、エネルギー開発などの法分野においては、成文法による規制がなされている。
 
 したがって、日本もシンガポールも、サンドボックスの対象領域は成文法で規定されており 、サンドボックスという観点においては 、大陸法とコモンローによる違いは大きくないと言える。


 なお、日本では、対象範囲や期間を制限し、規制の趣旨や社会通念に照らして、特定の事業が”業”ではないと整理し、実験を行うことがある。他方、シンガポールでは、それぞれの当局に権限が明確に与えられているため、この権限を利用し、サンドボックスを設け、特定の企業に対して本来適用されるべき法律要件や規制要件を緩和し、管理・運営がなされている。 

3)マインドや状況の違い

 シンガポールはアジア屈指の金融都市であるが、ビジネス環境ランキングにおいてもニュージーランドに次ぐ世界2位である。また、個人に対する所得税も低く、キャピタルゲイン、インカムゲインに対して無税であることから、多くの投資家がシンガポールに集まる。
 
さらに、メディアなどのごく一部の業種を除いて、外資規制もほとんど存在しない。法人等の設立も、すべてオンラインで完了し、10分程度で設立登記を完了することが可能である。
 
 上記のような環境を魅力に感じる起業家やスタートアップが多くシンガポールに集まり、投資を募り、新たな事業を開始する。また、シンガポールの国土は、東京都23区ほどの大きさであり、ほとんど自然資源を有しない
 
したがって、シンガポール政府としても、新たなビジネスを呼び込み、シンガポールでイノベーションを起こしていくことが必要不可欠であるため、各規制当局もイノベーションを積極的に取り入れていくプラットフォーム作りに積極的に取り組んできた。
 
その一部として、サンドボックス制度が形成され、その利用を政府主導で進めてきた。
 

4)どのようなプロジェクト採用プロセスか?

※編集部注)日本のプロセスについては下記リンクをご参照ください。
 
■シンガポールでプロジェクトが採用するまでのプロセス
 シンガポールでは、サンドボックスが複数の省庁に設置され、それぞれの省庁が当局として各々のサンドボックスの管理・運営を行っている。
 
例えば、シンガポール通貨金融庁(Monetary Authority of Singapore)(以下、「MAS」)、保健省(Ministry of Health)、国家環境庁(National Environment Agency)、エネルギー市場監督庁(Energy Market Authority of Singapore)などがサンドボックスを設置している。
 
 このうち、最も重要視されているサンドボックスの一つであるMASのサンドボックスを例に、シンガポールでプロジェクトが採用するまでのプロセスを紹介したい。
 
MASは、FinTech規制サンドボックス(FinTech Regulatory Sandbox)を設けている。サンドボックスを利用した場合、金融機関やFinTech事業者は、明確に定義づけられた範囲と期間内において、ライブ環境で革新的な金融商品またはサービスを試すことが認められることとなる。
 
 サンドボックスへの参加を希望する場合には、はじめに、サンドボックスガイドラインに従って申請書と必要資料を、MAS担当窓口のメールアドレス(FinTech_Sandbox@mas.gov.sg)に送付する。
 
MASは申請書の受領後、サンドボックスの評価基準に基づき、初期的審査を行う。その際、サンドボックスの期間中緩和される特定の法的要件および規制要件の検討も行う。申請書と必要書類の受領後21営業日以内に、初期的審査に基づき、申請がサンドボックスに潜在的に適しているか否かを申請者に通知する。その後、MASは更なる審査を行い、サンドボックスの対象の可否について最終的判断を申請者に伝える。
 
 なお、審査の際に考慮される評価基準は次の通りである。



上記の評価基準を満たし、サンドボックスへの参加が認められたのちは、実際のサンドボックス期間に入る。参加企業は、合意されたスケジュールに基づいてテストの進捗状況を定期的にMASに報告する義務を負っている。
 
 MASは、提案された金融サービス、申請者、および申請内容に応じて、サンドボックス期間中に緩和される特定の法的要件および規制要件を決定する。
 
 この点、(1)MASがサンドボックスの期間中に、緩和される可能性のある法的要件および規制要件の例と、(2)MASがサンドボックス期間中であっても、維持される法的要件および規制要件の例を次の通り記載する。この例を見ればわかる通り、機密保護などの基本的法的要件は、サンドボックス期間中にも維持される。

 


 なお、サンドボックスには、当該参加企業による失敗の結果を封じ込め、金融システムの全体的な安全性と健全性を維持するための適切な保護手段が含まれている。すなわち、サンドボックス参加企業の失策等が、経済に多大な影響を防ぐシステムを用意しているのである。
 
 実験に成功し、サンドボックス期間が終了すると、サンドボックス参加企業は、既存の関連する法的要件および規制要件に完全に準拠する必要がある。なお、サンドボックス参加企業は、実験中の金融サービスに変更を加えたり、欠陥を修正したりするために延長を希望する場合には、MASに申請することによりサンドボックス期間の延長を認められることもある。

 日本の新技術等実証制度(プロジェクト型サンドボックス)においては、実証後の規制の見直しが行われる可能性があるとされている。
 
 他方、シンガポールのサンドボックスにおいては、サンドボックス期間の終了後は、対象事業者は既存の法的要件ならびに規制要件を満たして事業を行う必要があり、必ずしも実験中あるいは実験終了時における参加企業からのフィードバックが法制度の変更に利用されるものではない。
 
 ただし、主たる目的ではないものの、サンドボックスを通して、新たなテクノロジーやサービスを有する企業と規制当局の濃厚な情報共有は、将来、より実用的な規制の枠組みを形成するのに役立つ可能性が高い。それは、実用的で、新たな技術やサービスを取り入れることに積極的であるシンガポール政府の性質を鑑みれば、当然の結果とも言える。
 
 なお、シンガポール政府は民間等から意見の集約を行うため、シンガポール政府が新たな法規制を策定する場合や、既存の法律を改正する際、多くの場合に「Consultation Paper」を発行し、シンガポール政府や当局が検討している具体的な新法や改正の内容を公表し、民間ステークホルダーからの意見を求める。
 
 上記のサンドボックス制度も、そのようなプロセスを経て策定されたものである。

5)どのようなプロジェクトが採択されているか?

※編集部注)日本のプロセスについては下記リンクをご参照ください。
 【事例】規制のサンドボックス制度は実際どんな事業に使われているのか?

 
■シンガポールの採用プロジェクト
 ここでは、FinTech規制サンドボックスの最初の「卒業生」となった保険ベンチャーのPolicyPalを紹介したい。
 
 PolicyPalは、人々が保険契約をすべて1か所で整理して、保険契約を容易に管理できるアプリを提供するベンチャー企業である。人工知能を活用し、クライアントが保険を比較および購入する一助となっている。
 
 PolicyPalのCEOであるバル・ヤップ氏は、自身が親族を亡くした際に、保険金を請求しようとしたが、その複雑な内容や膨大な書類の量に圧倒された経験があった。この経験をもとに、利用者がスマートフォンで写真を撮影することにより、保障内容が一覧できるアプリを開発したのである。
 
 事業を開始した際、消費者は保険をオンラインで購入したいと思っていたが、保険業ライセンスを持っていなかったため、保険を販売することができなかった。当該ライセンスの取得は、資本とコンプライアンスという側面において、非常にコストがかかるものであった。
 
 そこで、ヤップ氏は、「PolicyPalのプラットフォームは、新しいチャネルと革新的な保険契約のスキャン技術を提供することが可能であり、サンドボックスの要件に該当する」と考え、FinTech規制サンドボックスに申請することとしたのである。

 新興企業であったことから、サンドボックス申請時はライセンス取得要件を満たしていなかったものの、サンドボックスを利用することにより、MASからサンドボックス期間中のライセンス規制を免除されたのである。「無免許」ではあったが、サンドボックスに参加したことにより、消費者には事前に規制の適用外である旨の説明と共に保険を販売できることとなった。
  
 そして、サンドボックス期間中に経験値と資金を獲得し、ライセンス取得申請の準備を整え、サンドボックスの卒業から2ヶ月後には保険業ライセンスを取得したのである。現在は多くの保険会社と提携し、事業規模もアジア諸国に拡大中である。

 

6)シンガポールから日本が学べること

 シンガポールのサンドボックスにおいては、申請からサンドボックスからのエグジットまで、該当する分野の規制当局と綿密なコミュニケーションをとることが可能となるため、規制当局としても新興企業から直接学べる機会が自然と多くなる。
 
 ここにおける学びが、さらに実用的な法規制の策定につながり、最先端技術・サービスを排除しない的確な規制を行う法制度の拡充を速やかに行うことが可能となる。
 
 また、シンガポールでは、申請時からサンドボックスに参加するまでの期間を短縮する制度も設けられている。MASのFinTechサンドボックスは上述した通りであるが、経済への悪影響を最低限にとどめるため、申請後のリスクアセスメントに時間を要する。
 
 そのため、比較的リスクが低い事業についても、サンドボックスへの速やかな参加が困難であった。この問題を解決するため、2019年にはサンドボックス・エクスプレスを設け、保険業などの比較的リスクが低い事業から、段階的にサンドボックス・エクスプレスへの参加を認めている。
 
 参加企業は、長期に及ぶ可能性のある査定期間を待たず、通常21日以内にMASからの結果通知を受けることができ、参加が認められれば速やかにサンドボックス・エクスプレスに参加することが可能である。
 
 この点、日本の規制サンドボックスにおいても、特定の低リスク事業を対象としたファストトラックの策定を検討する余地があるであろう。
 

 さらに、規制当局の力強いサポートも参考となりうる。一般的に、サンドボックスに申請した場合、規制当局との折衝で成長の速度が遅くなるリスクもある。しかし、シンガポールの規制当局は、サンドボックス参加企業に対して規制面からの助言や忠告を行うことにとどまらない。
 
 例えば、前述のPolicyPalがサンドボックスに参加した際にも、MASは申請時からエグジットまで、事業を伸ばすための建設的な提案を行っていたのである。国家の発展のために若い企業を支援し、国内からイノベーションを起こすことが必要不可欠であると考えるシンガポール政府の強みがここに垣間見られると考える。
 
 日本においても、サンドボックスに参加することにより逆に企業の成長が遅くなるということがないよう、参加企業の事業に関して建設的な提案を行う体制を整えることが望ましいと考える。

 
以上
 

◆弁護士法人One Asia / One Asia Lawyers 概要 

弁護士法人One Asia/One Asia Lawyersは、ASEAN、南アジア地域に特化した法律事務所であり、ASEAN、南アジアにおいてシームレスな法務アドバイザリー業務を日系企業に特化して行っております。各事務所には、現地弁護士に加えて、日本人弁護士、専門家、現地語法律通訳者が常駐しており、ASEAN及び南アジア地域に特化した進出法務、M&A、コーポレート・ガバナンス、労務、知的財産、不動産、訴訟・仲裁対応などについて現地に根付いた最適なサービスを提供しております。

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