法哲学者・大屋雄裕教授に聞く、規制とイノベーションの関係とは?(後編)〔インタビュー〕

2018年11月25日

法律×イノベーション

「規制とイノベーションの関係~「適切な」規制の実現とは~」をテーマに、慶應義塾大学にて法哲学の教鞭を振るう大屋雄裕教授にインタビュー。前回の「イノベーションを阻害する規制とは」に続き、今回は適切な規制を実現するためのプロセスについて、お話をうかがいました。(全二回)
 (前回の記事はこちら)

Interview 02
大屋 雄裕 / Takehiro OHYA
慶應義塾大学 法学部 教授
 
日本法哲学会、法哲学社会哲学国際学会連合(IVR)日本支部
法と教育学会、情報法制学会に所属
 
 
適切な規制を実現するプロセスとは

―前回、適切な規制を実現するには、「法のデザインに十分に時間をかけること」が必要だとおうかがいしました。

大屋)そうですね。法のデザインというものは、時間を要するものです。そもそも、立法者である政治家は、法律に対して「こうしたい」という意図を持っていますが、「こうしたらこうなる」という実質を予測する専門性は有していません。その役割を霞ヶ関が担い、専門家を交えた審議会・研究会で時間をかけた議論を行います。凄惨な事故などに起因してモラルパニックが起きた時、この議論のプロセスを飛び越えて、主権者や立法者の意図が剥き出しの法律ができてしまうことがあります。

この状態は全員にとって不幸なことです。例えば、飲酒運転事故の罰則は、当時起きた事故をマスコミが大きく取り上げ、社会問題化した事例です。厳罰化を求める署名活動にも後押しされ、平成13年に道路交通法は改正されましたが、十分な議論が足りず不具合を残してしまった事例といえます。

 


―それはどういった不具合だったのでしょうか。

大屋)「逃げ得」の状況が作られてしまいました。平成13年の法改正で、飲酒運転による事故で人を死なせた場合、「危険運転致死」として1年以上15年以下の懲役が課されるようになったのですが、同じ状況では「ひき逃げ」した方が罪の軽い状態になってしまったのです(業務上過失致死+救護義務違反の併合罪で7年6ヶ月以下の懲役)。つまり厳罰化により統計上の飲酒運転数は減少したものの、厳罰処分を回避するためのひき逃げを誘発して、数字にカウントされない飲酒運転は増加していた可能性があったということです。

―これは、法制度を作る側だけでなく、主権者である国民側も冷静な判断が求められるということですね。

大屋)その通りです。「適切な」規制の実現には、規制の監視・メンテナンスのプロセスが重要であり、世論をベースにした政治プロセスは切り離せません。このループをしっかり回すには、政治でモラルパニックを起こさず、しっかりと評価/予測するプロセスを踏むことが重要です。

 
図:適切な法規制のメンテナンスに係る、立法の正統性ループ(大屋先生講演資料より引用)

―それでも日本では過剰規制が起きがちのように感じます。

大屋)やはり規制はどうしても厳しくなる傾向にあり、その理由は2つあります。

ひとつは、行政側にとって規制を廃止・緩和することのインセンティブが弱いからです。毎年毎年新しい政策が動いていくなか、過去の規制を見直す業務はどうしても優先順位が落ちがちです。

もうひとつは、行政の「正しさ」への過剰な期待です。規制の廃止・緩和は、行政もある意味リスクを取ってチャレンジすることが必要なのですが、「行政は常に正しくあるべき」という国民の目が、行政の間違いを許さず、安全サイドに判断を促してしまうのです。つまり、規制を廃止するという行為が、当時の判断が間違いだったのではと、行政への非難に繋がってしまうのですね。それを恐れて行政側は規制の廃止・緩和を決行しにくいわけです。不必要な規制を維持すること自体もコストであるとの認識を、国民、行政ともに持つべきです。

 

当事者の声を翻訳・整理する機能の必要性

―この状況を解決するには、本来国会の立法機能がもっと作用するべきなのでしょうか。

大屋)日本の国会は、政策の是非を審議する役割を担いますが、細かい政令省令のレベルまで「デザイン」する役割までは担っていません。日本ではその役割は主に霞ヶ関が担っています。霞ヶ関の職員が、外部の専門家と連携しながら、適切な規制のデザインを検討します。

―一方で、行政は規制を緩和するインセンティブが弱いとのことです。

大屋)ですから、「当事者」である国民が声を挙げることが重要になるのです。政令省令レベルでの規制の実態に触れているのは当事者であり、霞ヶ関で開かれている検討会・審議会等にその問題意識を打ち込んでいくことで、具体的なデザインに反映させることができます。このとき、政治家はその起動エンジンとして作用します。

しかし、この際に当事者の「生の声」を直接ぶつけることは好ましくありません。当事者の「生の声」を翻訳・整理して、政治的意見に取りまとめるオーガナイザーの機能が重要になってきます。

 
―当事者の「生の声」を翻訳・整理するオーガナイザーとは? 

大屋)かつてはマスメディアがこの機能を有していたのですが、課題が多様化するなか、その機能を補完・代替する形で、プロのNPOやパブリックアフェアーズが台頭してきました。こういったプレーヤーの存在は今後、より重要になってくると思います。

当事者の声を、こういったプレーヤーが翻訳して、霞ヶ関のリソースを使って法のデザインに反映させていく。この流れが増えていけば、「適切な」規制を監視・メンテナンスしていく流れができるのではないかと思います。

 


―特にどういった領域で、そういったプレーヤーの支援が必要でしょうか? 

大屋)利益者がはっきりしており、政治的意見を取りまとめる組織が既にできている業界と、そうでない業界で差が生まれているのが現状です。例えば著作権法の議論では、著作権者の意見は法律に反映されるものの、利用者側の意見はなかなか考慮されない。これは利用者側の団体はなかなか組織されないからです。こういったケースでは、よりオーガナイザーの機能が重要になるのかと思います。

(中間康介)

慶應義塾大学 大屋雄裕 プロフィール情報
専攻、法哲学。日本法哲学会、法哲学社会哲学国際学会連合(IVR)日本支部、法と教育学会、情報法制学会に所属。2001年4月より名古屋大学大学院法学研究科助教授、学校教育法改正により2007年4月より准教授、2013年4月より教授、2015年10月より現職。

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