法令審査専門官 西野智博氏に聞く 法令審査・法令改正とは(インタビュー)

2018年06月23日

ルールを変えようとするものは、ルールへのリスペクトを持たなければならない

法令を作る上での思考の型をわかりやすく解説してくださった経済産業省法令審査専門官の西野智博さんに、法令審査専門官の仕事の内容や、法令審査の実務に携わる中での課題意識を伺いました。

Interview 05
西野 智博 / Tomohiro NISHINO
経済産業省 大臣官房総務課 法令審査専門官
 
 


ー獣医師のバックグラウンドを持ちながら、現在は経産省の法令審査専門官というユニークなキャリアをお持ちの西野さんですが、なぜ経産省に入られたのか教えてください

西野智博氏(以下、西野):実は、最初は研究者になろうと思っていました。でも、あるとき、研究成果や大学で育成された人材をビジネスに繋げていくこと、そしてそれを支える制度の大切さに気づきました。ビジネスとそれを取り巻く制度や環境を変えることで、社会をより良いものにしていくことを目指そうと、経産省に入省しました。

仕組みは全て連動している。一箇所だけ変えればいいというわけではない

 
ー現在、入省して8年目だということですが

西野:1年目は人材政策関係の部署に配属され、12月に民主党政権から自民党政権に変わり、一気に政策が変わりました。1年生ながら政策が動く瞬間に関われてよかったな、と思いました。でもある時、先輩がボソッと「厚労省や文科省など制度を担当している省庁は全体が見えているから、ここだけ変えてもな、と思っているんだろうな」と言ったんです。その時はよくわからず「はぁ」と返答しましたが、そのあと2年目に電力安全課という、規制を行う部署に異動になり、初めて、その言葉が腹落ちしました。

制度は、色々な仕組みが連動しているので、不都合に見える一箇所だけ変えるというわけにいかないことも多いのです。一部分だけ変えると全体の制度設計思想そのものが崩れてしまうものも中にはあります。

ーそれぞれの仕組みが連動しているということですが、どのように調整されているんですか

西野:当時関わっていた電気事業法改正を例にご説明します。もともと、いわゆる電力会社など、「電気事業者」として大規模に電力を扱い、社会に供給している事業者と、発電はするけどメインは自家消費のため、といった事業者とでは、責任の重みが違うので、前者により厳しい安全規制を課していました。
当時、資源エネルギー庁で進めていた「電力システム改革」では「電気事業」の定義がこれまでより広くなると想定されていましたが、「電気事業」の定義を変えると、その定義を参照している安全規制の意味する内容が変わってしまいます。つまり、これらは連動している。この連動を断ち切らないと、物理的に現場で行われていることは変わらないのに、いきなり安全規制が強化される事業者が出てきてしまいます。
もちろん、電気事業として位置付けるからには、区別なく規制強化をする、という考え方もあるかもしれません。でも、これまでと同様に、何百万戸分もの電気を発電する事業者と、より少ない電気を発電する事業者とでは、求めるべき安全水準が異なるだろう、と当時判断しました。規制の強弱を区別するために、どのように条文とすべきなのか、法律の条文と、実態社会とのすり合わせができるのか、非常に悩みました。

この時は、誰に厳しい規制をかけるべきなのか、具体的に列挙して範囲を明確に定義しました。これまでは、電気事業者であれば、全て厳しい安全規制、となっていましたが、法改正を機に、「一部の」電気事業者に厳しい安全規制を課す、ということになりました。法制上は、これまで、事業規制を引用しているだけだった安全規制側が、自ら「誰に厳しい規制を課すべきか」を能動的に判断したとも言えます。ちょっとしたことですが、パラダイムシフトが実は起こっているんです。

法令という公権力の枠組みを日本語で表現しきる難しさと、仕組みの連動を意識して仕組みを変えていく重要さ。この二つがその経験で学んだことです。

法令の適切性を確保するためには、多様な観点から考えることが重要

 
ー6年目からは、法令審査専門官のお仕事をされているとのことですが、具体的な業務は?

西野:端的に言うと、法令案に穴がないかを確認するのが仕事です。一文字の間違いが、法令の意味を変えてしまうこともあるので、非常に細かいチェックをします。
担当者に法令案の趣旨を説明してもらうのですが、その趣旨がその案で本当に表現しきれているかを精査します。素直に日本語として読んだ時に、別の意味に捉えられてしまう可能性がないか、別の法令のバッティングがないかなども確認します。

法令はプログラムみたいなものです。AをXという箱に入れたら、Bという結果がでてくる、という仕組みがあるとします。Xがおかしければ、Cという結果が出てきてしまうかもしれません。また、もしかしたら、別の仕組みYのせいで、そもそも、Aは世の中に存在し得ないかもしれません。法令は、このXのようなものだと考えてください。私たちは、Xが正しくワークするかどうかをあらゆる角度からチェックして、思った通りの政策効果が出るよう、必要に応じて修正しています。

法律や政令であれば、内閣法制局がチェックしますが、省令や告示は各省庁の責任で制定します。法令審査専門官は、世の中に無用な混乱を与えるのを防ぐ最後の砦のつもりで審査をしています。

またそれ以外でも、こんな政策が作れるかというアイデアの相談にも乗ったりします。例えば、ルールの実効性を高める方法の一つとして、事業者名の公表があります。法律によっては、行政による公表を法定している場合もあります。これは、公表という手段が、懲罰的な意味を持つことがあるからです。今の世の中では、評判(レピュテーション)が重要な役割を果たしています。事業者にとっては、企業イメージの悪化や、ファイナンス上の悪影響など、様々な効果を持つでしょう。だからこそ、行政は、公表について、慎重に判断する必要があります。
 もちろん、重大な法令違反をした場合など、社会への周知が必要な場合には、法律に記載がなくても、行政は公表を行います。でも、法律上の義務は課されていないけど、Aという安全対策を行った方がいい、というような場合に、事業者がAをしたかしないかを強制的に公表する、というのは、さすがにバランスを欠いていて、やりすぎではないでしょうか。

もし、政策担当者が、Aを社会に広めたいので、省令で公表ルールを作りたい、と相談に来たら、事業者の同意なく、強制的に公表するのであれば、そういう法律を作るべきではないか、と回答します。行政が、法律という、国民の代表である国会が決めたルールの枠組みを無視して、自由にルールを作ることは、民主主義ではないですし、社会にとっても、予見可能性がなくなってしまいますから。

この例の場合、Aという対策を採った事業者を、事業者同意の下、優良事業者としてHPなどで公表し、前向きに応援する、というソフトな政策手段もあるでしょう。その事業者の評判を上げることで、Aをやった方が得だな、と周囲の事業者に思ってもらえるようにすることでも、同じような政策効果が得られるかもしれません。

このように、私たちは、法令として意味あるものを作ることだけでなく、本当に法令としてやることなのか、法令ではない、他の政策手段でやるべきことなのかなども、相談に乗って、提案する仕事をしています。

ルールを変える側の人間はルールが何たるかを知らないといけない

ー西野さんが作成した法令立案の講義資料、Pnikaとしても非常に参考にさせていただいているのですが、どのような課題意識が背景にあるのですか?

西野:課題意識として3点あります。1点目は、これまでの省内の研修が、どうやって法令を作るか、という「HOW」を重視したテクニカルな内容だったので、すぐには法令を扱わない1年目や2年目の職員にとっては、実感も薄く、内容が難しいのではないかな疑問に思ったことです。法令とは何か、なぜ法令改正が必要なのか、心構えは何か、などの観点が重要なのではないかと思い、講義資料を作りました。

2点目に、常識論や感覚論のみではなく、法令を変えることの基本的な理念を知ることで、社会におかしな影響を与えてしまうルールができる可能性を抑制したい、ということです。もちろん法令審査を経る中でおかしな点は、是正されるわけですが、原案のクオリティを確保することは、適正なルールを効率的に作る上で重要です。働き方改革が進み、業務削減を行う中でも、クオリティを維持できるか危機感を持っています。

3点目として、規制の所管省庁が当然に持っている思考の型やルールの基本を押さえた提案を私たち経産省がきちんとできているかという課題意識です。他省庁の規制はこうあるべきではないかと提案するに当たり、ルールの基本がわかっていないと、当然調整に難航します。霞が関の中でコンサルタント的に働くことの多い経産省特有の事情かもしれませんね。

自分自身が規制所管側にいた時に、「省内の別の部署の人たちは規制緩和というが、規制の何をわかっているのか」と思ってしまうことが正直結構ありました。ルールを所管する側の人はもちろん、ルールを変えたいという側の人もルールの性質を理解して、過去、どのようなプロセスで、どういう想いで作られてきたものなのか、変える時にはどのようなデータが必要なのか、ということを知れば、より建設的な議論ができるでしょう。これは、Pnikaが推進しようとしている官民共創を実現する際にも通じることじゃないかと思います。



ー西野さんは規制を所管する側だけでなく、緩和を推進する側にもいたということですが。

西野:4~5年目に、新エネルギーシステム課にいた時には規制緩和側でした。その時にも規制所管側で得た思考の型が役に立ちました。規制を緩和したいという事業者の方の話を聞いていると、そのロジックでは規制所管側には取り合ってもらえないなという内容のものもあります。そこで事業者の生の声を規制所管側に直接ぶつけるのではなく、専門家も交えて議論し、フィードバックをもらった上で、規制所管側の人たちとも議論ができるような提案内容に磨き上げていくようにしていました。

ルールを所管する側も、新たなルールを提案する側も、ルールへのリスペクトを持つことが大事だと思います。今、どんなに理不尽だと思うルールがあったとしても、作った当時は正しいと判断されていたのです。技術革新や社会状況の変化に伴い、変えなければならない部分が出てきたら、迷うことなくルールを変えるのはとても重要です。その時に、先人がどういう悩みを抱え、今のルールを作ったのかを知ることは、必ず、新しいルールを作る私たちにも示唆をくれるはずです。

批判と圧力によってルールを変えるのではなく、一緒になって作り上げるルールのあり方、作り方を模索したいですね。

(隅屋 輝佳)

西野智博氏 プロフィール
経済産業省大臣官房総務課法令審査専門官。2012年経済産業省入省。産業人材、電気保安、水素エネルギー・スマートコミニュティなどの政策分野を経て、2017年6月から現職。

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