ジビエをめぐる法制度-国、都道府県、事業者による、ガイドラインと自主規制のカタチ-

2019年06月12日

突然ですが、みなさん、ジビエはお好きですか?
 Pnikaは、法制度のイノベーションがなかなか推進しにくい潜在的分野の一つとして、衣食住に関わる事業に関心を持っています。加えて、食べるの万歳、さらにわな猟の資格を取ろうとしている一風変わったメンバーも抱えていることから、ジビエ業界の動向については大好き、もとい俄然注目しております!

ジビエに関わる制度は、2007年に鳥獣被害対策という観点から「鳥獣による農林水産業などに係る被害防止のための特別措置法」が制定されて以降、食材としての活用、地方活性化の一施策という違うアプローチも加わって、アップデートされてきました。昨年2018年には、農林水産省による「国産ジビエ認証制度」が始まり、今後ますます流通の拡大が見込まれます。こういった一連の法制度の整備の推進力となったのが、一般社団法人日本ジビエ振興協会。一見するととんとん拍子にコトがすすんだレアケースにも見えるその法制度整備に向けた取り組みについて、藤木徳彦代表理事、鮎澤廉事務局長に、制度の内容について、公益財団法人食の安全・安心財団の亀島亮氏に、お話をうかがいました。

協会の活動のきっかけ


藤木徳彦さん

藤木さん:
私はフランス料理のシェフで、1998年、地産地消のオーベルジュ(オーベルジュ・エスポワール)を立ち上げるため、長野に移住しました。地元の農家さんと仲良くなるに従い、「子どもが家をついでくれないんだよ」「JAが野菜を高く買ってくれなくてね」などの不満と並び、「鹿による農作物の被害がひどくて本当にやってられない」という愚痴をよく聞いていて(笑)、ふと思ったんです。フランス料理ではジビエは美味しいもの、なぜこんなに嫌われている?なぜ使われていない?そして、地産地消を求めて長野に来たのに、なぜニュージーランドの鹿を使わないといけないのか?・・・そこから、地元の猟師さんたちとの個人的なおつきあいが始まり融通してもらうようになって、お店の看板メニューになりました。

ちょうどそのころ、県が冬の閑散期になぜうちだけが集客できているのかということに興味を持ち、県内の飲食事業者向けのセミナーをやってほしいとの依頼を受けました。このセミナーのなかで扱うメニューとしてジビエを掲載していたところ、管轄の保健所からそのメニューを取り下げるように、待ったがかかりました。当時長野県にはジビエの流通や外食での取り扱いについてのルールがなかったので、県側の窓口とやりとりしていてもらちがあかず・・・

鮎澤さん:
たまたまお店のお客さまで、当時長野県知事だった田中康夫さんにご相談のメールをしたんです。そうしたら県側で調整をとってくれて、問題なく開催することができました。これが県とのお付き合いの始まりで、2007年にガイドライン作成、信州ジビエのブランド化へ向けて、協力していくことになりました。

藤木さん:
長野県のガイドライン(信州ジビエ衛生マニュアル)はぜひ一度皆さんにご覧いただきたいですね。美味しく食べるということにこだわった観点を入れているのはおそらく長野県だけかなと思います。

鮎澤さん:
消費地である都会、たとえば秋葉原でイベントをやったりすると反響があり、また、外食産業でもテスト的に使用してもらうと売り上げが上がりました。2010年ごろ、JR東日本さんと一緒に商品開発をした鹿肉バーガーはベッカーズで大好評だったんです。こういった活動が広がっていくなかで、2012年、9社が集まって、ジビエを普及させるための任意団体を設立することになりました。

藤木さん:
ジビエには、どうしても歩留まりの問題があります。例えばロース、モモ肉以外捨ててしまうのでは原価的に折り合わなくなってしまうので、無駄なく美味しいものを提供するためには、商品開発が重要です。品質にこだわるJR東日本の担当者さんには、根気強く、おつきあいいただき、ありがたかったですね。美味しくない、価格で輸入品に勝てないとなると、地元のものを使いたいという思いがあっても続きません。直感的にも美味しいものは売れると思っていましたが、こういった経験から、美味しいこと、売れることが根本的な問題解決につながるんだと確信するようになりました。

 

オーベルジュ・エスポワールのジビエ堪能コース

国レベルでのガイドラインの必要性、そして認証制度の導入へ

<法制度導入のフロー>
 


藤木さん:
手応えを感じる一方で、鳥獣被害というのは全国的な問題でもあり、他の県からも相談いただくようになりました。当時は、処理施設なども増えてきており、各地の処理施設を視察すると、処理はするもののどこも在庫を抱えている、売れていないんですね。また県ごとにガイドラインはあるものの、実際にはなかなか守られていないという現状も見られました。これでは小売や流通、一般の消費者から信頼を得ることは難しい。もう一つ上の枠組みが必要だろうということで、国としてのガイドラインの整備の必要性を感じるようになりました。また、当時はまだ、利活用に関する補助金や担当部署もありませんでした。

ご縁があって、2014年に、当時自民党幹事長だった石破茂さんにお会いしてご相談したところ、5月に厚労省に話をつけていただき、7月に検討会が立ち上がり、11月にガイドライン策定と進むことになりました。ただ、このときにご紹介いただいた、フードサービス協会の当時専務理事だった加藤一隆さんに「厚労省のガイドラインだけでは外食産業は怖くて手を出せないよ」とアドバイスをいただいたことで、ガイドラインの遵守を担保するための認証制度が別に必要だとわかったんです。

 

鮎澤廉さん

鮎澤さん:
厚労省のガイドライン策定にあたっては、当協会の理事も加わり、とりまとめられることになりました。認証制度については、農水省とかけあって、1年かけて検討を続け、2017年10箇所での試験運用をへて、昨年2018年に本格運用が開始されました。昨年認証第1号が出て、現在3施設が認定されています。でも、飲食業界からの反響はすでにあって、手応えは感じているところです。

ジビエにまつわる法制度

亀島さん:
より大枠の法制度という観点でいうと、農作物被害への対策から、積極的に食用へという大きな流れがありました。農水省、環境省マターだったものが、厚労省マターになっていった。今後は一層、流通、消費への対応が課題になってきます。藤木さんのお話のとおり、ジビエ業界の規制には、国、都道府県、事業者という3者が関わっていて、ガイドライン、認証制度、自主規制という手法によって、構成されています。

<法制度制定フロー>

1.もともとは「保護、乱獲防止」の観点から鳥獣保護管理法で狩猟を規制
 2.シカやイノシシが森や畑を荒らすのが問題になり、数を減らす狩猟については規制が緩和される
 3.食用肉がでてくるが、その屠殺、処理については、一部の先進的な都道府県をのぞき規制がなかった
 4.上流工程(特に猟師が屋外で血抜き、内臓処理することの扱い)を中心に、国でガイドラインが策定される
 5.厚労省のガイドライン上は、流通と消費に関しては「良く加熱すること」くらいの内容に留まっていたので、まだまだ普通の飲食店は扱いにくい状況
 6.自主規制等により裾野を広げる活動が必要


厚労省のガイドラインの遵守を担保する認証制度は義務ではありませんが、より消費者の安心へつながるよう、食品衛生の観点からのチェックに重きを置いています。認証制度の具体的なチェック項目としては、例えば、ナイフの消毒、食道や肛門を二重に縛る、刃物の柄、すのこなど、木製のものは使わない(汚れの染み込みを避ける)、汚染区と清潔区を分けるなどがあります。業界をあげて、衛生基準への意識を底上げし、一般への理解を得ていこうとう考え方のもと、運用しています。食の安心・安全協会としては、これまでの食中毒や放射線への対応についての知見を活かし、ジビエ協会さんと協働して、認証制度の運営にあたっています。

これから
 

亀島亮さん

亀島さん:
出口があることがジビエ振興には欠かせないと考えていて、消費者の信頼を得るために、ブロックチェーンを導入するなどの新しい技術にも注目しています。他にも、ジビエカーの開発が進み、わなの遠隔監視システムの導入も始まるなど、面白い動きが出てきていますよ。

鮎沢さん:
食の安全の問題は、ひとつ事件があると台無しになり、これまで積み重ねてきた努力がすべて無駄になってしまう。扱う側の自主ルールが必要で、そのためには教育しかありません。今後は、協会として、教育に注力していこうと考えています。

藤木さん:
厚労省のガイドラインでは、75度で1分加熱したら安全とありますが、プロの料理人だったら嫌がる、美味しくないですから。でも65度で15分加熱すれば問題ないときちんとエビデンスをもとに教えられたら、料理人も安心なんですよね。

これからも、原点である農家の課題解決とともに、美味しくいただくことを大事にしたい。田中さんも、石破さんも実際に食べることで、共感してくれた部分はあると思います。食だからこそ得られる共感があり、いろいろな人を巻き込んでここまで来られた。こんなに幸せな仕事はないなと思っています。

(平尾久美子)

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